フリーランスになって3ヶ月間振り返り

f:id:ayasalute:20171015003408j:plain

今月でフリーランス生活も4ヶ月目に突入。


いい面も多いけど心折れる面も多い。


1番はモチベーションの維持の問題。

仕事が減ってくると暇だし、焦るし、1人だし、

どんどんモチベーションが下がって、仕事や作業の手が動かなくなってひたすら動画みちゃったり。

同業の人や、刺激になるような人と話したり交流する時間が大切だと思った。

私の場合はフリーランスになるタイミングで、地方で知り合いのいない土地にきてしまったので、

モチベーション下がりモードからの復活がなかなか難しくて1週間くらい続くときもあった。

やっぱり1人でやっていく上で、仲間や話ができる人は近くに何人かいた方がいいと思う。


あとはお金の面も結構大変。現実的に住民税の支払いや、営業活動にかかる交通費や宿泊費などを考えると、1年目は結構大変。これは続けていくにつれて良くなるものだと思うけど、1年目はどんな仕事をやっていくかとかどんなやり方でやるかとか、私の場合、調べて考えて迷ったりしてる時間も結構多くて、3ヶ月では新しい仕事は形にまでならなかった。


逆に幸せな面もある。

毎日ごはんを作ったり、新鮮な野菜を買いに行ったり、ジムに行ったり、

時間に余裕があるおかげで健康的な生活を送れるようになった!

ネットで買い物を楽しんだり、ネイルをしたり、動画や本を見たり、時間に余裕があるおかげで、サラリーマン時代にはできなかったことを楽しめた気がする。


自分の時間の使い方は自分で決められるのもとてもいい!そのおかげで好きなことに時間を使えるようになった。音楽を再開して毎日練習できたり、ライブできたりするのは本当に生きがいになっているし嬉しい。


また、好きな時に好きなところに行ける、というのもメリット。

北海道に少し長居して、仕事したり、東京で仕事したり遊んだり、wifiが繋がれば基本どこにいてもいいというのは、自由で嬉しい!

反面、家ではなかなか集中できなくなって、オフィスもないからカフェ難民のようにカフェをはしごしたり、今日どこで仕事しようと考えてるうちに無駄に時間がたってしまったり、、、というデメリットもあるけど。


まとめると、

メリットは、時間の余裕と居場所の自由、自分の好きなことができる、

デメリットはモチベーションの維持が難しいのと、金銭面、仕事場が決まってないところ。


なので、今後はモチベーションのところをどうにかしていけば、すべてがうまく回りだす気はするけれど、

そこが1番難しい問題ではある、、、。

私の場合モチベーションは、人に見られたり、認められたり、助けたりすること。

フリーになるまで気づかなかったけど、私は他人がいて輝くタイプみたい。

だから、自分の力が直接誰かのためになってる、と感じられるような仕事をこつこつ続けていくのがいいのかもな、と。

そういうニーズがある人と会えるように、もっと外に出ていこうとおもう。



何もしなくても生きていける生活

最近やることも何もないし

しなくちゃいけないことも少ししかない。

別に何もしなくても生きてはいけるし、無理にやる気を起こして何かしなくても、別にこのままでいいか、楽にのんびり生きてもいいか、と思ってる。


何もない、何もしなくてもいい幸せを感じる時もあるけど、

やはり人と会わないと刺激も受けないから、何かをやろうという気も起きないし、私の人生このまま楽にゆったりできるけど誰からも存在を忘れられていくのかな、とも思う。

これからどうしよう。

1人で何ができるのだろう。


何かを作るのはエネルギーがいる。何かの強い欲や何かがないと死んでしまう、生きられない、というような迫り来るものがないと1人では、何もできない。


お金がたくさんあれば、この生活はまた変わるものなのだろうか。どんどん人に会いに行ったり、興味がある場所に出かけたり、パーティやイベントに出かけたり、遠出したり、好きな服を買ったり、外で食事をしたり、

確かに、時間がたくさんあるからお金をもっと使えれば外に出て刺激を受けやすくなって、影響を受けて行動できたりするかもしれない。


でも結局は、何かを成すには自分が努力しないといけない。

あとお金を稼ぎたいならその強いモチベーションがないといけないけど、今の私にはあまりない。

結局何がしたいんだっけ。


音楽をやって人を感動させたかったけど、そういう場所がない。1人では続かない。

じゃあ仲間を作ればいい。

そういう場所にどんどん行くしかないよね。それしかない。


何もしなければ楽だけど何も生まない。その時間で何かしてればその分あとから返ってくる何かがあるよね。


マイペースで、いいからちゃんと人に会いに、お金を使って自分から出かけてみよう。

私の人生で大切なことは、

メッセージを何かの形にして残すこと何かを創ることだと思ってた。

けど、もちろんそれは自分にとって重要なことだけど、

今私自身は、そこに強い欲求はない。しないと死ぬ、自分の人生が終わるみたいな、迫ったものはない。逆におばさんになったら終わる、女でなくなったらつまんないというのはあって美容やダイエットは続いているけど。


もしかしたら、メッセージを残したり創るのは、もう少し年齢が上がったらより強い欲となるのかもしれない。

今の自分の欲は女でありたい、美しくありたいくらい。昔から何も変わってない。自由だった大学生の頃の生活と一緒。

音楽、男、短時間で稼げて楽しい人とやれる仕事、時たま海外に行く。

私の本質は、これなのかもしれない。これが、私にとって幸せな生活なのかも。

じゃあやっぱり、少し仕事頑張ってお金を作って海外に年2-3回行けるようにしつつ、音楽活動もしてくのがいいかもね。

自己確立

今日は久しぶりに、人前でライブをしました。

そこで、その前の数日も含めて、

改めて感じたのが、

自分は、自分がどうありたいのか、

全然確立できてないなー、ということ。

やりたいスタイル、自分自身がどういう人間か伝えること、

まだ殻を破れてない。

まぁ、初めて会う人ばかりの毎日ということもある。

新しい土地では、今までの自分はゼロになるわけだし、

殻を破っていけばいいんだけど、

どうも気を使ってしまう。

人が怖いと思ってしまう。あまり人と関わらないから。

私は年々、人との関わりが苦手になっていってる。

私はどこを目指して生きてるんだろうか。

ビヨンセやエリカバドゥのようなアーティストになりたいけど、

年齢はもう30歳といい歳だし、

楽器もできなければダンスも踊れないDTMもできない。

そういう知り合いもいない。

今できるのは歌と多少見た目が悪くないだけ。

これで私はどこを目指せるのか。

好きだけで人のためになれるのだろうか。

音楽は、やったことに対して対価がもらえるわけでないから、

自分の価値がわかりづらい。

そういうところは仕事はやればやっただけの対価で評価されるから

わかりやすい。

音楽ももっと工夫して仕掛けると良いのか??

やっぱり音楽においても、

自分で考えたアイディアを形にしたい。

今までは周りのプレイヤーのこれがやりたい、に合わせるタイプだったけど、そうじゃなくて、

自分を表現していきたい。音楽で。

人に伝えるのが下手でも、

何か紙とかに書いて吐き出すことはできるから。

音楽においても、

ほんとにやるならできることじゃなくて、やりたいことをやろう!

自信とは

自分に自信のある人ない人、
大人になると、
幸せか、不幸せかは、
これだけで決まるような気がした。

お金があるから自信がある、
なりたい職業につけたから自信がある、
自分がやりたいことをやっているから自信がある、
見た目がいいから自信がある、
家族に誇りがあるから自信がある、
地位を勝ち取ったから自信がある、
なんでもいいと思う。

心の底から
自分に自信を持てていれば、
その人の人生は幸せだと思う。

仕事も普通だし、
やりたいこともないし、
お金もないし、
家族も普通だし、
これといった取り柄もない、
そういう人はどうやって自信を持ったらいいのだろう。

人と比べず、
自分がこれ、と思ったものを突き詰める。
そうしている自分を、
自分が決めたことをやり続けられている自分を、
信じることができるようになる。
それが自信なのかと思う。

自分自身を信じられているか。
自分が決めたことをやりきれる人間だと、
信じることができるか。
自分は自分のやりたいことに対して
自分なりの方法で
結果を出すことができると信じられるか。
これができれば、
自信になる。


自分のことを話すのが苦手な理由

私は人に自分のことを話すのが苦手だ。


なんでなのか、自分でもちゃんと考えてなかったけど、

ほとんど癖のようなものになってる。


私は10代の頃から接客業や営業の世界にいた。

だから、自然に

・人は話を聞いてほしいんだ

・理解して認めてすごいって言ってほしいんだ

・人は教えられるより教える方が気持ちいいんだ

ということが身にしみてしまっていて、

話は聞いて相手を理解する方が

お互いにとって得だなというのが

本能レベルでセットされてしまっているみたいだ。


それに加えて、

私はみんなから凄いと思われたり

自慢していると思われるのが怖い。

私は正直自分では自分のことを少し凄いかもと思っているし、

褒めてほしい。

目標を決めて努力できるし、

いつも結果も出すし、運もよく、

仕事や人の繋がりにも恵まれ、

見た目もありがたいことに多少恵まれている、

もちろんコンプレックスも色々あるし弱点も多くあるけれども、

それを含めて自分を認めているし

ナルシスト的なところがある。

だけど、それをそのまま出すのが怖い。


出せば嫉妬も買うし、女社会の中では特に面倒な気を起こすのを恐れている。

人の器を信用できていないのかもしれない。

特に思い込みかもしれないが、

比較されている、優位に立ちたいと思われている感を感じることはたまにある。

負けず嫌いの女というのは結構多く、

何かと気持ち悪いコミュニケーションになる時もある。

そういうのが面倒なので

自分はアホで何もできないふりをして変にプライドを刺激しないようになったのかもしれない。


あとは自慢して認められたい感をだすのがカッコ悪いと思ってる。

だから自分のことはどうでもいいんだ、聞かれたら答えるよ、大したことないアホだよという感じをいつも繕って実はカッコつけている。


あとは自分を見せすぎずミステリアスな女の方がセクシーだと思ってるw


こんな感じの理由あってのことで、

たぶんこれまで覚えてないくらいたくさんの人とのコミュニケーションの中で

自分が身につけてきた防衛手段なのかもしれない。


でも最近これによって感じる弊害が、

自分のことを相手が理解できるように筋道立てて話せないことだ。


あまりにも自分のことを語らなすぎて、

きちんと自分がどんな人間で、

何ができて、どうしたいのか伝えることができない。

色んな話題に対して自分がどう思っているのか語れない。


私は受ける側になることで今までうまくやってきたが、

これからもその法則は通るのだろうか。

社長やフリーランスは自分を声大きく主張できる人ばかりなので

不安になる。


私は、聞かれれば伝えるようにはならないといけないと思うが、

まずコミュニケーションの原理原則は、

相手を知り受け入れる→自分を好きになってもらう、知りたいと思ってもらう→自分のことを知ってもらう

だと思ってる。

そしてその受け入れ態勢が整ってなければ、話しても相手の心には届かず、

整っていれば、短い言葉でも好意的に受け取って良い方向に解釈してくれると思ってる。


だからこれからも、

基本スタンスは変えずにいながらも、

今までより少し、自分を伝える割合を増やしていきたいと思う。

嫉妬を買わない自慢にならない言葉を選んでいけるようにしたい。

その辺が上手い人を見つけて、

真似できたらいいなと思う。




人それぞれの軸、考え方、表現スタイル

今日は久々に大学時代のサークルの仲間と会った。


感じたのは、

歳を重ねる毎に、

その人それぞれの軸が、

その人それぞれの環境で育っている。

考え方は違うし、表現の仕方も違う、

価値観は本当にそれぞれ違う。

でも女の人同士のコミュニケーションは

少し気を使う。

価値観がそれぞれ違うのが当たり前だし意見が違って当たり前なんだけど、

それをはっきり言ってしまえば角が立つ。

女子の話というのは、

相当仲の良い友達でないかぎり、

基本共感してなくとも、相手の思いを優先してまずは共感する。

それが本音でなかろうと。

だけど、本当の私はそこも気にせずぶつかって議論して違うお互いを認め合いたいのだけれども、

やはり、相手が怖く、相当仲良くなってからじゃないとそれができない。

だから、たまにしか会わない女子同士の会話はなんか気を使う。

まぁそういうもんだろうか。

人間同士のコミュニケーションは。

だから、気の通う本音で議論できる人、気を使わず反論できる人は本当に貴重で大切だ。


ももしかしたら相手もそう思ってるかもしれないね。

まずは自分からオープンマインドで話していくことが大切かもしれない。私はこう思ってる、相手を認めてるよ、ということは伝えてかなきゃいけない。

どのくらいの言葉で傷つくかは相手によるし、気遣いは大人のコミュニケーションではやはり必要不可欠なのかもしれない。


素晴らしく活動的で活躍していて声の大きい人だって、弱点は必ずあるし、

発言しない人だって、その人の持つ個性や良い点は滲み出ている。

どの集団でも声の大きい人が正しいという雰囲気になってしまいがち。

声の大きい人が素晴らしくて、発言しない人はそれに比べて低位なんてことはないと思う。

でもそれもその人がどう思うかという心持ち次第か。

とにかく、誰が優れてる、そうでないということではなくて、

それぞれに良いところ、弱いところがあるから、皆自分に自信を持って、良いところをもっとわかりあって、

声の大きくない人が自信を持って、

その人のやり方で発信したり良いところを生かしたりできる世の中がいいな、

と私は思う。

「生きる意味」諸富祥彦を読んだ

 

最近、田舎に越してきて、
仕事も変わり、暇になった。
環境も家も人も、
 
本当に恵まれていて
私は幸せだと思う。
 
東京にいた時に求めていた、
・時間の自由
・場所の自由
・運動したり自炊したり健康な生活を送る時間と心の余裕
・マイペースでストレスのない仕事
・海が近く自然がある環境
全てを手に入れた。
 
本当に自分は幸せものだと思うが、時間がありすぎて何もしていないと、
SNSを見て、見た目にとらわれたり、
ネット通販の物欲にとらわれたり、
なんのために自分は存在してるのだろうか、
誰にも気づかれず必要とされず、
このまま忘れ去られていくのか、
というなんともいえない虚しさを感じてた。
 
起業本なんかを見て、
自分の人生や、5年後の理想、
好きなことやできることなどを整理してみたものの、
正直、自然に情熱が沸き起こってくるか、というと、そうではなかった。
今のままでも十分幸せだし、
何もしなくても困らないという
気持ちになる。
心の底から情熱を持ってやりたいことが、ないかも、と人生で初めて感じた。
 
今までは、あーなりたい、こーなりたいでそれに向かって生きてきたけど、
今正直、この考え方では、どんなことにも心から動かされるような衝動が起きなかった。
これを絶対やらないといけない!
みたいな気持ちが起きない。
今の人生が続いても十分幸せだし、
楽だし、自分らしくいれるし、
自然のある海の近くでフリーランスで余裕を持って自由に暮らせる、
朝起きて窓から入る風が
気持ちよくて幸せ。
 
だけど午後になるとなんともいえない虚しさで毎日なんかもやもやしていた。どこに向かっていったらよいのかと思い悩む毎日。
 
そこでたまたま、図書館で見つけた
この本を読んでみた。
生きる意味

生きる意味

中2病ちっくなタイトルだけど、
今の私の行動、考え方を180度変えるくらいの衝撃があった。
メッセージは
「幸せになるには、自分を忘れること」
自分がどうなりたいと言ってるうちは、欲望の連鎖から逃れられず、
一生幸せを追い続けいつも満足できない。
自分を忘れるくらいに、
自分を必要とする何かや誰かのために没頭し、自己を超越することが、
その人を幸せとなり、それが個性となる。
.
最近自分がどうなりたい、自分は何がほしい、みたいな自己実現の風潮があるけど、
それじゃいつまでたっても限りない欲にとらわれて、幸せになれないよ、
という話でした。
 
まさに、
最近自分はどうなりたいか、どんな仕事したいか、何に情熱を持てるか、何がほしいか、そのためにいくら稼ぎたいか、
みたいな思考の中にいて、
なんかしっくりこなかった。
けど、
「自分の使命に生きる」「自分がいないと成し得ない何かや誰かのために生きる」「自分が誰かの役に立てる」こういう発想で、生きるのが本当の道だ!
と気づかせてくれた。
フランクルと諸富さんに感謝。
明日からは、
家族に自分がしてあげられること、
周りの人に自分が必要とされてること、してあげられることを
コツコツとやっていくことを大切に生きていきたいと思う。
使命は作るものではなくて、発見するもの。
人に会ったり、目の前の自分がしてあげられることを一生懸命やっていけば、道は拓けるはず!