「生きる意味」諸富祥彦を読んだ

 

最近、田舎に越してきて、
仕事も変わり、暇になった。
環境も家も人も、
 
本当に恵まれていて
私は幸せだと思う。
 
東京にいた時に求めていた、
・時間の自由
・場所の自由
・運動したり自炊したり健康な生活を送る時間と心の余裕
・マイペースでストレスのない仕事
・海が近く自然がある環境
全てを手に入れた。
 
本当に自分は幸せものだと思うが、時間がありすぎて何もしていないと、
SNSを見て、見た目にとらわれたり、
ネット通販の物欲にとらわれたり、
なんのために自分は存在してるのだろうか、
誰にも気づかれず必要とされず、
このまま忘れ去られていくのか、
というなんともいえない虚しさを感じてた。
 
起業本なんかを見て、
自分の人生や、5年後の理想、
好きなことやできることなどを整理してみたものの、
正直、自然に情熱が沸き起こってくるか、というと、そうではなかった。
今のままでも十分幸せだし、
何もしなくても困らないという
気持ちになる。
心の底から情熱を持ってやりたいことが、ないかも、と人生で初めて感じた。
 
今までは、あーなりたい、こーなりたいでそれに向かって生きてきたけど、
今正直、この考え方では、どんなことにも心から動かされるような衝動が起きなかった。
これを絶対やらないといけない!
みたいな気持ちが起きない。
今の人生が続いても十分幸せだし、
楽だし、自分らしくいれるし、
自然のある海の近くでフリーランスで余裕を持って自由に暮らせる、
朝起きて窓から入る風が
気持ちよくて幸せ。
 
だけど午後になるとなんともいえない虚しさで毎日なんかもやもやしていた。どこに向かっていったらよいのかと思い悩む毎日。
 
そこでたまたま、図書館で見つけた
この本を読んでみた。
生きる意味

生きる意味

中2病ちっくなタイトルだけど、
今の私の行動、考え方を180度変えるくらいの衝撃があった。
メッセージは
「幸せになるには、自分を忘れること」
自分がどうなりたいと言ってるうちは、欲望の連鎖から逃れられず、
一生幸せを追い続けいつも満足できない。
自分を忘れるくらいに、
自分を必要とする何かや誰かのために没頭し、自己を超越することが、
その人を幸せとなり、それが個性となる。
.
最近自分がどうなりたい、自分は何がほしい、みたいな自己実現の風潮があるけど、
それじゃいつまでたっても限りない欲にとらわれて、幸せになれないよ、
という話でした。
 
まさに、
最近自分はどうなりたいか、どんな仕事したいか、何に情熱を持てるか、何がほしいか、そのためにいくら稼ぎたいか、
みたいな思考の中にいて、
なんかしっくりこなかった。
けど、
「自分の使命に生きる」「自分がいないと成し得ない何かや誰かのために生きる」「自分が誰かの役に立てる」こういう発想で、生きるのが本当の道だ!
と気づかせてくれた。
フランクルと諸富さんに感謝。
明日からは、
家族に自分がしてあげられること、
周りの人に自分が必要とされてること、してあげられることを
コツコツとやっていくことを大切に生きていきたいと思う。
使命は作るものではなくて、発見するもの。
人に会ったり、目の前の自分がしてあげられることを一生懸命やっていけば、道は拓けるはず!